日々の雑感を徒然と・・・


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夏の雲は忘れない

3連休最後の日。

私と息子は、夏の日差しがギラギラ照りつける午後、大府市勤労文化会館へ出かけてきました。

女優たちによる朗読 夏の雲は忘れない 1945・ヒロシマ・ナガサキ

を観るためです。


私は無知で今まで知らなかったのですが、1985年以来23年間、のべ28人の女優さんが、朗読劇「この子たちの夏-1945・ヒロシマ・ナガサキ」を全国で上演してきたんだそうですね。

しかし、昨秋、その舞台の制作・運営をしていた「地人会」が解散し、それにともなって「この子たちの夏」の上演も中止になってしまったのだそうです。

朗読を続けてきた女優さんたちは、「これだけは語り継ぎたい。やめるわけにはいかない」と、今年3月、18人で「夏の会」を立ち上げ、自分たちの力で舞台を続けていくことを決意したそうです。

18人の女優さんのうち、今回の大府公演に出演して下さった女優さんは
大原ますみ、川口敦子、高田敏江、柳川慶子、山口果林、山田昌の6名です。(五十音順、敬称略)


その言葉通り魂のこもった朗読で、私は大変感銘を受けて、涙で目が真っ赤に変身してしまいました。(しかし、周りのみなさんもみな同じだったので、恥ずかしくはなかったですがね(笑))

今回は、朗読する詩の選択から、脚本・演出、会場選び、チラシ作り、チケットの販売まですべて女優さんたちが1から携わり作り上げてきたとのこと。せっかくだからと、今までの「この子たちの夏」とは、また違った構成になっているそうです。

そのひとつが、今回原爆を落とした国・アメリカ空爆調査団・公式カメラマン、ジョー・オダネル氏の手記を途中に入れたこと。

亡くなった弟を背負って焼き場の前で直立不動で立っている男の子の写真をどこかでご覧になった方も多いことでしょう。
彼の人生や、その時の手記の内容は、ネットで検索すればすぐに読めますので、興味のある方は一度読んでみて下さい。


要約して書いてみますと・・・

真珠湾に攻撃をしかけ、アメリカ人をたくさん殺した憎っくき日本!
原爆を落とされて戦争に負けて、当然だ!やったぜ!!

っと、意気揚々とその敗戦の様子をカメラに収めるために日本にやってきた彼が見たものは、憎い憎い人間ではなく、自分と同じ血の通った貧しく弱くたくましく、そして優しい人間だったことに気づいたのです。

心に矛盾と葛藤を抱え帰国した彼は、カメラに収めた日本の灰色の風景をトランクに封印し、半世紀もの間開けることができませんでした。

しかし、彼の体は原爆病に侵されており、数えきれないほどの手術に耐え病魔を乗り越えて生還した時、自分に課せられた使命を見出したのです。

その後は、各地で写真展が開かれたり、写真集が出版されたりしているのはご存知の通り。

余談ですが、終演後に彼の「トランクの中の日本」という写真集を購入しようとしたら、私のひとり前で売り切れてしまいました(T_T)

でも「原爆詩集 八月」は購入。
息子もさっそく読みふけってました。
この詩集からも、たくさんの詩が読まれていました。

女優さんたちによれば、まだまだ伝えたい言葉はたくさんあるのだそうです。

今回の公演では、各地で地元の高校生や母親などの出演もあり、この大府の公演でも、大府高校と桃陵高校の女子生徒の方が、女優さんに交じって立派に演じられてました。


私が劇中で印象に残ったシーン(朗読)をほんの少し紹介します・・・(文章は劇中通りではないです(^_^;) 雰囲気だけ感じて下さい)

ばんごはんの後お母さんが台所で洗い物をしていると、屋根の上で息子さん(少年)が自分を呼んでいる。

「星がきれいに見えるよ。お母さんもきてごらん」

座布団まで敷いてくれた優しく無邪気な息子と、きれいな星空を眺める。

「あれはオリオン」

などと語りあっていると、息子さんがぽつりと言ったそうな。

「なんで戦争なんてするんだろうね。
日本にないものはアメリカからもらえばいい。フィリピンにないものは日本があげればいい。
世界がひとつになればここは
世界国アジア州日本県広島村になるね」

そう話した翌朝、広島に原爆が落とされ、息子さんは亡くなったそうです。



父と少年が、焼け跡の我が家へ行き、まだ熱い瓦をどけ夢中で掘り進める。
そこに、お母さんの骨があった。手に取ると、骨はハラリと砕けて風に舞う。
なめてみると、せつない味がした。
菓子箱にその骨を入れたら、シャカシャカ音がした。
お母さんの近くには、まだ内臓が焼けきっていない弟の亡骸があった。
父はその内臓の前に、配給の乾パンを供えた。


他にも、栗原貞子さんの「生ましめん哉」、峠三吉さんの「にんげんをかえせ」などなど、どれも心に響く言葉ばかりでした。


さらに、舞台が終わった後に、ホワイエにて女優さんを囲んでの交流会がありまして、私も息子と参加してきました。

そこで山口果林さんが、「俳優という仕事は、舞台の上演を担う上ではほんのてっぺんの10パーセントくらいしか携わっていなかったんだということを、今回のこの大変な作業で初めて知りました。」とおっしゃってたのが印象的でした。山口さんは今回チラシ担当だったそうで、当日の朝までてんやわんやだったそう。
地元の協力者あっての公演成功だと、ボランティアの皆さんを称えておられました。

名古屋地方では、この大府を皮切りに5公演あるそうですが、ここでは「夏の会」のメンバーである山田昌さんと、その旦那さまの天野鎮雄さん御夫婦が、かなりご尽力されておられたようです。

山田昌さんは、鎌倉ハムの「まーいっぽん、まーいっぽんと・・・」っていうCMがとても印象的な、名古屋を代表する女優さんです。旦那さまは、「天(あま)ちん」の愛称で親しまれている、これまた名古屋では知らない人がいない俳優さんですね。あまちんの軽妙なトークで交流会もとてもほのぼのと意義のある時間でした。

出演した高校生やあまちんの言葉の中に、「今回の朗読劇を見て、年齢や経験によって感じることはひとりひとり違うかもしれない(違っていいし)けど、『戦争はしたくない』という気持はみな一緒」というのがあって、その通りだなと。

また女優さんのひとりが、「私たちが偉そうに、ただきれいな言葉でやみくもに『戦争はダメだ』と言っても心には響かない。やはり、体験した人の声を、地道に伝えてそれぞれが平和を願い、隣の人へ伝えていく。それが大切なことなんじゃないかと思う」というようなことをおっしゃっていました。

今日の聞き手は明日の語り手

そんな言葉も印象的でした。

なので、珍しく長い文章でまじめに感想を書いてみましたよ。
少しだけでも伝わると嬉しいな。今日はプチ語り手です。

聞いたことは語ることができる。
次の世代へ語り継ぐことが大切。
それをしないと、風化してしまうから。

「『戦争』『平和』についての話はうんざり」と感じる方も多いかもしれません。
(実はうちの旦那もそんなタイプ(^_^;))

でも、やはり忘れてはいけないことだと思います。
唯一の被爆国である日本の使命のような気がしているのは私だけではないはず。
(私は戦争も原爆も体験していないのですけどね。だからこそです!)


私は、毎年暑い8月が来るたびに、想いを新たにしていきたいなと思っています。
そして、それを息子に伝えていきたいなとも思っています。
息子がどう感じるかはわかりませんけど、息子なりに「命」のことや「平和」について考え、また次の世代に伝えていってくれればと思っています。

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看板も手作り感いっぱい♪


ここまで長文を読んでくださいまして、ありがとうございました。

夏の雲は忘れない - 女優たちによる朗読 「夏の雲は忘れない」 1945・ヒロシマ ナガサキ

2008年「夏の雲は忘れない」全国公演日記


※年々記憶力が衰えてきてますので、朗読の内容が他の文とごっちゃになってたり、どなたかの言葉をまぜこぜにしてしまったり、粗相があるかもしれませんが、どうぞお許し下さい。あの場にいらした方で、「ここは違うよ」というところが分かる方がおられましたら、優しく(笑)ご指摘して下さると助かります。
by LoveCoffee | 2008-07-22 22:29 | 観劇レポ・四季ネタ